大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)648号 判決 1998年7月06日

原告

折内忠広

被告

下上久男

主文

一  被告は、原告に対し、一八〇万円及びこれに対する平成五年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が軽四輪乗用自動車(以下「原告車」という。)を運転中に被告の運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突事故を起こした際、原告が被告の逃走を阻止しようと被告車のバックミラーを掴んだのに対し、被告が原告を振り落とそうと蛇行運転、急制動を繰り返して走行したうえ原告を路上に転倒させたため、原告が被告の右行為により傷害を受けたと主張して、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1(一)  被告は、公安委員会の運転免許を受けないで、平成五年四月三日午後九時一七分頃、被告車(多摩五四て二九一〇)を運転し、東京都西多摩郡瑞穂町大字箱根ヶ崎一一二番地付近道路を東大和方面から青梅方面に向けて進行し、同所に設けられた十字路交差点に差し掛かり、赤信号に従い所定の停止位置で一旦停止した。

(二)  被告は、運転者として、対面信号磯の表示に従って発進し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、交差道路の信号機の表示が黄色を表示したのを認めると、対面信号機は未だ赤色を表示しているのに、これを確認せず、漫然、右信号機は青色を表示しているものと信じ込み、時速約二〇キロメートルの速度で同交差点内に進入し、これを直進しようとしたため、右方交差道路から同交差点内に進入してきた原告運転の原告車(八王子五〇う七一五〇)の前部に自車右側部を衝突させ、その衝撃により、原告車の同乗者に対し、約二週間の加療を要する傷害を負わせた。

(三)  その直後、原告が、一旦下車したところ、被告は、そのまま被告車で逃走しようとしたため、原告は、被告車の左バックミラーを掴んだ。ところが、被告は、原告を被告車から振り落とそうと企て、時速約四〇キロメートルの速度で、蛇行運転、急制動を繰り返しながら、三八〇メートル余り走行し、同町大字箱根ヶ崎四二九番地付近路上で、バックミラーにしがみついていた原告を被告車から路上に転倒させた。

2  被告は、無免許運転、業務上過失傷害、救護義務違反、傷害の罪で、懲役一年六月の実刑に処せられた。

二  争点

1  被告の不法行為責任の有無

(原告の主張)

被告は、原告に対し、故意に暴行、傷害を加えたものであるから、民法七〇九条に基づき、これにより原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(被告の主張)

争う。

2  原告の受傷の有無、程度

(原告の主張)

(一) 原告は、争いのない事実1(三)の被告の行為により、腰椎捻挫、頸椎捻挫等の傷害を受け、頸部痛、頭重感、手足のしびれ感、腰痛等の自覚症状が著名であった。

(二) 原告は、当日、大門診療所に救急車で搬送されたが、ベッドが空いていなかったため、翌四日、清水外科病院に入院し、同年五月一日に同病院を退院した。原告は、その後、同月二日から同年一二月一三日まで(実治療日数五〇日)同病院に通院した。

(三) 原告は、右入通院治療を受けた後も、首、右肩、右腰、右膝関節等の鈍痛感や手の震えが直らず、整体に通うなどしているが、現在でも、右症状が完全には直っていない。

(被告の主張)

(一) 原告が原告主張の傷害を受けたこと、原告の入通院の経過は不知。その余は争う。

(二)(1) 原告は、被告車のバックミラーを離した瞬間、体をエビのように丸め、両手で頭を抱えるようにして、その状態で路面に落ちたものである。このような状態で生じる受傷は、打撲、擦過傷のはずである。そのため、原告が救急車で搬送された先の大門診療所においても、胸背部打撲傷、両下肢擦過傷と診断されている。

(2) 頸椎捻挫が生じるためには、頭、首部への衝撃が存在するはずであるが、そのような衝撃があったことを窺わせる証拠は一切ない。

(三) 被告の行為と原告主張の傷害との間には、次のとおり、因果関係がない。

(1) 原告は、平成四年五月一六日に追突事故(以下「前回事故」という。)で、顔面挫傷、頸椎捻挫、腰椎捻挫、左膝挫傷の傷害を負った。

(2) 受傷当初から根症状が顕著であったが、原告は、仕事を休まないでいたところ、症状が増悪し、眩暈、嘔吐の症状が頻回に現れて、同年八月二八日から同年九月一八日まで入院した。

(3) 原告は、退院後も、同年一一月二三日当時、胸部苦悶感、右側流涙等交感神経、副交感神経症状が認められ、翌二四日当時、自覚症状が著明で通院していた。

(4) 原告は、平成五年に入った後も、一月に一一日間、二月に一〇日間、三月に一一日間と通院した。原告は、この間の同年二月一五日には、苦痛に喘ぎ通院治療を受け、特に、本件事故の前々日である同年四月一日には、「体中鉛を持っているよう」であった。原告は、本件事故の前日まで通院していた。

(5) 以上のとおり、原告の前回事故と今回の受傷との病名の同一、双方の受傷における原告の不定愁訴の症状が共通していることからすると、原告が被告の行為によるものと主張する自覚症状が被告の行為のみに基づくものとは言えない。

3  損害額

(一) 慰謝料額

(原告の主張)

(1) 被告の行為は、必死にしがみついている原告を何としてでも被告車から振り落とそうとするもので、その速度、距離、蛇行運転、急制動の繰り返し、駐車車両の脇を間隔を狭めて運転したことなどを考えると、原告に死に比肩すべき恐怖感を味わせたものであり、原告が被った前記傷害も重い。

(2) 原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、九〇〇万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

(二) 弁護士費用

(原告の主張)

弁護士費用として一〇〇万円を請求する。

(被告の主張)

争う。

4  前回事故の既往症による減額の有無

(被告の主張)

(一)(1) 前回事故後の原告に対する治療において、精神安定剤、抗うつ剤が多用されていたものであり、事故後の心因的因子が混入していたことが明らかであった。一方、今回の受傷に対する治療においても、抗不安剤等の投与が継続されており、心因的因子の混入が今回の事故を契機に分断されたとは考えられず、むしろ、今回の受傷に競合していたというべきである。

(2) また、原告は、今回の事故の前日まで通院していたものであるから、原告には、今回の受傷当時、前回事故の受傷による症状が残存していたものであり、原告の損害額を算定するには、体質的素因として考慮すべきである。

(二) したがって、前記2の被告の主張(三)の経過からすれば、仮に、被告の行為と原告主張の傷害との間に因果関係があったとしても、原告の傷害には、原告の心理的素因及び体質的素因が寄与しているから、原告の賠償を認めるには、心理的素因及び体質的素因による減額をすべきである。

(原告の主張)

争う。

5  過失相殺

(被告の主張)

(一) 原告は、動き出そうとした被告車のバックミラーに掴まったうえ、手放す機会があったにもかかわらず、動き出した被告車のバックミラーを容易に手放さなかった。

(二) したがって、原告にも過失があるから、大幅な過失相殺をすべきである。

(原告の主張)

争う。

被告は、時速約四〇キロメートルの速度で蛇行運転、急制動を繰り返していたもので、原告がバックミラーを手放す機会はなかった。

第三争点に対する判断

一  争点1について

前記争いのない事実によれば、被告は、原告に対し、故意に暴行を加え、その結果、原告に傷害を与えたものであるから、民法七〇九条に基づき、被告は、原告に対し、これにより原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

二  争点2について

1  証拠(甲七ないし九、一一の1、2、一二の1ないし8、一三の1ないし9、一九ないし二一、二三ないし二六、乙二ないし四、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成五年四月三日前記争いのない事実1(二)の交通事故に遭った際には、車内で膝を打ったため両膝に痛みを感じていただけであった。

(二) ところが、その直後に、原告は、被告から前記争いのない事実1(三)の行為を受け、これにより、原告は、被告車から路面に転落して腰、背中をアスファルト路面に打ちつけ、更に、路面を転がった。

(三) 原告は、間もなく、救急車で大門診療所に搬送され、胸背部打撲傷、両下肢擦過傷と診断されて(なお、同診療所では、頸椎、腰椎についての検査、診察はなかった。)、主に外傷に対する応急措置を受けたが、当日、空ベッドがなかったため入院できず、一旦帰宅した。

(四) 原告は、翌四日、清水外科病院に入院し、一か月間の安静加療を要する頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断された。当時、原告は、頭痛、頭重感、いらいら感、吐気、不眠等の症状を訴えていた。その後、原告は、頸部については持続牽引、腰部については理学療法の治療を受けたほか、消炎剤、鎮痛剤、抗不安剤等の投与を受けた。

(五) その後、原告は、同年五月一日同病院を退院して、翌二日から同病院に通院し、理学療法の治療を受けるとともに、投薬を受けた。

(六) 結局、原告は、同年一二月一三日まで同病院に通院したが、現在でも、首、肩、腰の痛み、手の震えを訴えている。

2  右認定事実によれば、原告は、被告車から路面に転落して腰、背中を路面に打ちつけ、更に、路面を転がった際の衝撃により、右認定の頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を受けたものと認めるのが相当である。被告は、被告の行為と右認定の受傷(以下「本件受傷」という。)との間には因果関係がないと主張するが、採用することができない。

三  争点3(一)(慰謝料額)について

前記争いのない事実と、右二1認定の事実によれば、原告は、被告から、前記争いのない事実1(三)の行為を受け、これにより、右二1認定の傷害を受けたことにより、著しい精神的苦痛を受けたものと認められるところ、前記争いのない事実と、右二1認定の事実に鑑みると、慰謝料は、二〇〇万円が相当である。

四  争点4について

1  証拠(乙一、原告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成四年五月一六日、自動車に乗車し交差点において信号待ちをしていたところ、後方から自動車に追突され、その結果、顔面挫傷、頸椎捻挫、腰椎捻挫、左膝挫傷の傷害を受けた。

(二) 原告は、前回事故後、週一回清水外科病院に通院して治療を受けたが(その際、原告は、同病院において抗不安剤、抗うつ剤等の投与を受けた。)、その後、首のコルセットを外して仕事に就いたため、症状が悪化し、目眩、嘔吐の症状が現れたので、原告は、同年八月二八日から同年九月一八日まで清水外科病院に入院して治療を受け、退院後も、同病院に通院した。

(三) 原告は、平成五年に入った後も、一月に一一日間、二月に一〇日間、三月に一一日間と通院し、主に理学療法による治療を受けた。その結果、原告は、同年春頃から、症状が軽快し、医師との間で、治療を打ち切ることも話し合われるようになったが、時折、症状が悪化することもあり、本件事件が生じた前日まで同病院に通院していた(なお、原告は、前回事故の際、後遺障害の認定は受けていない。)。

2  前記二2に説示のとおり、本件受傷は、原告が被告車から路面に転落し、更に、路面を転がった際の衝撃によるものではあるものの、右認定事実と前記二1認定の事実によれば、原告の本件受傷による症状の発生、拡大には、原告の前回事故による右認定の既往症の存在も寄与していると認めるのが相当である。そうすると、本件において原告の前記認定の損害の全部を被告に賠償させることは公平を失するというべきであるから、原告の損害額を算定するにあたり、民法七二二条二項を類推適用して、右既往症の存在を斟酌するのが相当である。

3  右1認定の事実と前記二1認定の事実によれば、原告の前記認定の損害に対する右既往症の寄与の割合を二〇パーセントとするのが相当である。したがって、右割合で前記認定の慰謝料額二〇〇万円を減額すると、一六〇万円となる。

五  争点5について

1  被告は、まず、「原告は、動き出そうとした被告車のバックミラーに掴まった。」と主張する。しかしながら、証拠(甲一九、二〇、原告)によれば、原告は、被告が逃走することを防ぐため、被告車のバックミラーを咄嗟に掴んだことが認められ、右認定事実によれば、これをもって、原告に過失があるとまではいえない。

2  次に、被告は、「原告は、被告車のバックミラーを手放す機会があったにもかかわらず、バックミラーを容易に手放さなかった。」と主張する。しかしながら、前記争いのない事実1(三)のとおり、被告は、原告を被告車から振り落とそうと、時速約四〇キロメートルの速度で、蛇行運転、急制動を繰り返しながら走行したものであるところ、証拠(甲二〇、原告)によれば、走行中の被告車のバックミラーから手を放すと、却って、原告が被告車の車輪に巻き込まれるおそれがあったことが認められる。右認定事実によれば、被告が自分から被告車のバックミラーから手を放さなかったことをもって、原告に過失があるとはいえない。

六  争点3(二)(弁護士費用)について

原告が被告に賠償を求め得る弁護士費用相当の損害は、二〇万円が相当である。

(裁判官 岩田眞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例